【解呪巫女】いじめられっ子と餓鬼 後編

【小説】宵闇月夜神社

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 紅葉はポテポテと夜中の道を歩いていた。
 神社は丘の上にある。
 鬱そうとした木々に囲まれた暗い石段を上る。
 昨日LINEで神主から餓鬼の話を聞いた。

 餓鬼にはいくつかの種類があるそうだが、紅葉は知らない。
 仏教の考え方である六道の知識もない。
 
 神社の境内はいつものようにピンと張りつめた冷気に包まれていた。
 この時期この時間は切れるような寒さだ。
 開けられている社務所に入って巫女服に着替える。
 “仕事”があるときは本宮の隅では着替えない。
 外の気を持ち込み、それを呪いが逃げる道しるべにしたくないのだ。
 
 神棚には煌々と燈明がともされ、本宮の中にも燈明がともされている。
 白蛇の姿はご神体となる鏡の前にあった。
 紅葉の姿を確認して、白蛇は鏡の中にするりと戻る。
「おはようございます。今日の子は餓鬼だとお聞きしましたけれど」
「これだよ」

 宮司が手にした三方と呼ばれる台に置かれたひと房の髪と人型を見た瞬間に、紅葉の脳裏に映像が入ってくる。
 空が赤く燃える。唸り声が響き、お互いの肉を骨を貪るやせ細った鬼たち。
 腐臭と垢の匂いとなんだかわからないにおいが鼻をつく。
「強いですね」
 意識を現世に戻す。
「お寺の施餓鬼でも満たされなかったんだろうね」
「この女の子自身、何かに飢えていてそれが引き寄せたのかもしれませんね」
「始めようか」
 手にしていた三方を神棚の前に置く。
 宮司はその前に座った。
 紅葉も座る。
 宮司の祝詞が始まる。
 祟りで祟りや呪いを封じる独特の手法。
 それは白蛇が本来強い祟り神であることを示している。
 白蛇は高天原に属する神ではない。
 国つ神であり、名は伝わっていない。
 
 髪には魂が宿り、人型の紙は厄を移す。
 人型の紙に厄をうつし、それを川に流したり焼いたりする厄払いはいろいろなところに存在している。
 祝詞が始まった時間。

 入院していたみさきは急に唸り始めた。
 暴れるので個室の精神科に入院していた。
 入院生活で健康的に痩せるはずなのに、目はぎょろぎょろとして歯をギシギシと鳴らしながら唸っている。
 気の弱い優しそうなみさきの顔は鬼のように変貌していた。
「グルグルグル」
とうなりながらベッドを転げまわり始めた。
 どさり
 体がベッドの下に落ちる。
 口から泡を吹きながら、苦しげにゴロゴロとのたうっている。
 
 白蛇の宿った鏡が鈍く光ったe。
 宮司の祝詞が大きくなる。
 厄を移した人型が生き物のように三方の上でのたうち始めた。
 宮司が紡ぎだす言霊が人型と髪につながったみさきの魂に流れ込む。
 紅葉の閉じた目の中に暴れるみさきが見えた。
 その横でおろおろとしているもう一人のみさき。
 看護婦や医師に押さえつけられながら、暴れまわる自分を口に両手を当てて泣きそうな顔で見下ろしている。
 その前に紅葉は立った。
 紅葉の意識がみさきの病室に飛んだのだ。
 その名のごとく右手にゆたかな紅い葉の枝を持ち、美しい切れ長の目に紅を引いた凛とした巫女。
 その顔は人である彼女より妖艶だ。舞を舞っているかのように動きが美しい。
「助けて・・・こんなはずじゃなかったの」
 みさきが紅葉に泣きながら助けを求める。みさきを冷たく凛とした冷気がふわりと包む。
 それは秋の夜のようなさわやかな冷気。

 暴れて鎮静剤も打てないみさきの肉体に紅葉は枝を向けた。
 みさきの耳では判断できない言葉が紅葉の唇から流れ出る。
 それは祝詞のようでもあり、何らかの呪文のようでもある。
 幻の水しぶきがみさきの肉体を濡らすたびに、みさきの肉体に入っているモノが体をよじらせ唸る。
と、みさきの肉体からズルリと何かが見えない手で異形のものが取り出された。
 それは床にたたきつけられる。
 と、みさきの肉体は弛緩して目を見開いたまま動かなくなった。
 医師が慌てて脈を図っている。
「早く。また盗られるわ。これは私が連れて帰るから、あなたは自分の体に戻りなさい」
 紅葉はみさきにそう言う。
「で・・・でも戻り方なんて・・・」
「戻りたいと願うの。生きたいと思う人間の心が一番強いわ」
 みさきは目を閉じた。生きたいと思う。
 みさきの姿が消えた。紅葉は床にはいつくばっているモノを見た。
 枯れ葉のような色をしていて、四肢は骨に皮が張り付いたよう。
 腹だけが醜く出ていて目は落ちくぼみ、唇はカサカサに乾いて、乾いた唇には血がこびりついていた。。
 目はきょろきょろとあたりを見回している。
 紅葉はその化け物に枝で触れて、目を閉じた。

 紅葉の意識が肉体に還る。
 餓鬼は三方の横に投げ出された。
 祝詞の余韻があたりを包む。
「連れてきました」
 宮司はうなずく。と、鏡からずるりと白蛇が現れた。
 赤い目は爛々と光っている。
 三方の上に置かれた餓鬼を光る目で見つめる。
 しゅしゅると白蛇はそれに近寄ると、大きな口を開けた。
 硬直して動けない餓鬼をゆっくりと飲み込んでいく。
 物理的に飲み込めないような大きさなのに、それはゆっくりと蛇の喉に吸い込まれていく。
 うろこがざわざわと逆立ち、目は美味そうに細められているかのように見える。
 
 普通、神は人間の信仰心を自らの力に変える。
 だが、この白蛇神は呪いや他の精霊や霊を食うことで、力を蓄えるのだ。
 白蛇はゆっくりと時間をかけて餓鬼を食らうと、大きくなった腹を少しゆすった。
 すぐに腹は通常の大きさに戻る。
 白蛇は満足げに牙を見せると、食休みの為か鏡に戻ってしまった。
 
 宮司が席を立つ。
「お疲れさまでした。お茶でも飲みましょうか」
 社務所に帰って二人でお茶を飲んだ。
 紅葉への報酬が入った封筒は重い。
 高校生には過ぎた額だが、特殊能力なので仕方ないかもしれない。
 
 その日の午後、宮司に呼ばれた紅葉は社務所でみさきの母親に会った。
 母親はお礼参りに訪れていた。宮司と紅葉にみさきが自分を取り戻したことを教えてくれた。
「本当にありがとうございました」
 深々と頭を下げる母親に、宮司がお茶を出す。
 母親はふと尋ねた。
「みさきに『呪われた』と言っていた子はどうなるんでしょうか」
「餓鬼はもういないけれど、自分は呪われていると思い込んで呪いを作ってしまうかもしれませんね」
 紅葉の言葉に宮司が答える。
 人の思い込みは時に化け物を作る。
 呪われていると自覚することで、自分で自分に呪いをかけてしまうのだ。
 たとえ呪われていなくても。解かれても。
「それは・・・」
「みさきさんの中のモノはもういません。みさきさんには関係ないのです」
 宮司はきっぱりと言い放つ。
「因果応報であって、みさきさんが悪いわけではありません」
 紅葉も黙ってうなずく。
 神前で熱心に祈る母親の背中を見ながら、紅葉は母親の愛の深さを知る。
「普通のお母さんっていいもんですね」
 紅葉がしみじみと口にした言葉に、宮司が噴き出す。
「紅葉のお母さんもいいお母さんでしょ?」
 紅葉はため息をついた。
「さとり(妖怪。人間の心を読む)のようにこちらの思考をすべて読んでくるし、考えずに行動しても先読み予知できるし。・・・それを普通というのかは謎ですけれど」
 紅葉がため息をつくのをみて、宮司は笑うのだった。

 いじめられっ子と餓鬼 終
 
 

 
 
 
 
 

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